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ムスタジム・プロジェクト

間違わないように。

ムスタジム・プロジェクトは自分勝手な話だ。

Traduction : Kyoko 
この少年が私たちの学校生活に入ってきたのは2018年1月のことだった。彼は他の4人の少年と一緒
だった。そして、地域のほとんどの学校同様、5人は別々のクラスに入れられた。彼らが2017年の9
月、10月、11月、12月にどこにいたのかは分からなかった。ムスタジムと私たちの言葉が違ったから
だ。この少年たちが5人という少人数で、何の前触れもなくやって来たので少し変な感じだった。
他の所では、昔は、フランス語を話さない生徒たちは、「受け入れクラス」、今では「フランス語を
話さない新入生のための統一教育(CLA)」という名のクラスで、特別な免許を持った教師にフランス
語を教えてもらった。そこで外国語としてのフランス語を15時間ほど習って、段階的に通常の授業に
入っていったものだ。
でも、このクラスはもう定員オーバーで、今や現地の言葉を教えるためのものではなく、給食を食べ
させ、レピュブリック広場でウロウロさせず、ニースより受け入れ状況がいいことを示すためのもの
らしい。これもまた、自分勝手な話だ。
いつからPACA地方と選挙人に「社会がすること」の意味を決めさせるようになったんだろう?お腹が
空いた人は自分で食べ物を見つけるということを、いつから私たちは忘れてしまったんだろう?私た
ちが自分たちの食糧の心配をするのはよく分かる。私たちが、自分たちが散歩するときの心配をする
ことも一理ある。自分たちの町なかの広場のことや、フランスの歴史もよく知っている。私たちは古
い服を始末してしまいたいだけなのだ。
ムスタジムが来るときに、学校に慣れるためにフランス語の授業が何時間か作られたことを、一通の
追加授業の手紙で知らされた。そこで、二人の教師も私たちの学校生活に入ってきた。一人は月曜日、
もう一人は水曜日担当だ。私たちは自分たちの雇い主を知らなかったっけ? この手紙は一時的なもの
で、時がたつと「CLA」のようになくなるのを知らなかったっけ?
ムスタジムは、1月にフランスの通常クラスに入ってきた。世界中の大多数がそうであるように、彼も
すでに数か国語を話す。人類の歴史の中で大多数がそうであったように、彼も非定住民、最近の言い
方では移民だ。そして世界の大多数がそうであるように、彼も見た限り収入がない。
こんな世の中でも、ムスタジムは上手くやって行くだろう。彼だけの道を見つけるだろう。でも私た
ちは? 彼をできるだけ早く就職の道に導くだけで満足するの?
私が話をしてもムスタジムは分からない。彼は、私にとってそれが初めてのことだということを知ら
ない。私たちはマーガリット・べカイユ(注1)が一時の娼婦かどうか、シャーブルさん(注2)に似
合っているかどうかとか、「ナンタ(注3)」が何であるかということの答えを探している。私たちは
エミール・ゾラの日記と思われる古物について討論するだけで満足している。
それは私たちがここにいて、この国の言語をしゃべっているからだ。19世紀や現代における私たちと
お金の関係や、生活に関する建前と実の好みについて議論しているのだ。これらのテーマについて議
論するのは、ここが中学2年のクラスで、今が1月だからだ。3月でもいいし、中3のクラスで、与え
られたテーマについて話すために、ニナ・ブラウイやパトリック・シャモワゾーを読んでいてもいい。
私たちがそうするのは、私たちが定住民で、一つの言語しか話さず、時には遺産を相続するからで、
文学がこういった弱点をうまく補ってくれるからだ。
私の話を理解しない人がいて、そのことで自分は機嫌が悪くなることを知った。私はみんながゾラを
批判するのが好きだ。批判するということは、彼を知っているということだ。知っているということ
は、フランス語で文が作れるということだ。そうすると私の機嫌は良くなり、仕事の価値を見出せる。
週に2時間やってくる「フランス語を話さない新入生や非定住民の子供たちのための学校教育センタ
ー」は―私の理解が間違っていないなら―映像や絵などで話の内容を説明するのが望ましいとしてい
る。
でも、アゼルバイジャンがどこにあるかさえ知らない私たちが、ムスタジムと話が出来ないのは残念
だと思わない?べカイユ流では意識不明の状態から違う世界で目覚めるということを知る貴重な機会
を失っていない? シャーブルさんの運命を左右した、満潮時に孤立した洞窟が他の場所にもあること
を知る貴重な機会を失っていない?
それなのに、自分たちと他人が全然違うからと言って、どちらかを選ばなければならないと主張する
世界の人種差別者たちは間違っていると言えるの?
このムスタジムとの出会いには、何か現代的で新しい発想はないの?
こんな吐き気のするような、表向きや一般的な主張をするんじゃなく、逆に例外を作れないの?「世
界」に別の定義はないの?
そうして何かが変わるのを待ちながら、私は義理堅く仕事で消耗されるのに慣れてしまっている。具
体的に、現実として、私は絵があまりにも下手なために、みんなが分かるか確かめなければならない。
ムスタジムが私の授業が分からなければ、誰かが代わりに絵を描いてくれるのだろうか?


(注1)『オリヴィエ・べカイユの死』(エミール・ゾラ、1884年)
(注2)『シャーブル氏の貝』(エミール・ゾラ、1884年)
(注3)『ナンタス』((エミール・ゾラ、1889年))
(注4)映画『SYNGUÉ SABOUR -我慢の石 』( Atiq Rahimi、2012 年 )